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Untitled forever

8
Oct

大塚英志はコンテンツとはそもそもなにかという幾分哲学的な問いに対してクリエイターの視点から解を教えてくれる希有な批評家だとぼくは思っている。あるコンテンツを批評するとして大塚英志の場合は工学的に解説をしてくれる。読書感想文的な要素がまったくないのが好ましい。


そういう大塚英志のたぶん最新の仕事だろう「手塚治虫が生きていたら電子コミックをどう描いていただろう」の序章の文章がとにかく素晴らしい。この本ははっきりいってタイトルで損をしている。このタイトルを見て読みたいと思う人間はかなり少ないのではないかと思う。大塚英志本の信者であるぼくですら、この本はスルーしようかと思って2日前まで読んでなかったぐらいだ。しかし、いちど読んでしまえば、このタイトルも大塚英志がいいたいことを見事にひとことでいいあらわした素晴らしいものに見えてくるから不思議だ。


どういうことか?

この本は電子書籍時代にマンガはどのような表現方法進化がありえるか、また、進化しなければならないかを、そもそも大昔に”マンガというフォーマット”をつくった先人たちの過去試行錯誤を紹介しながら解説しているのだ。そしてタイトルの手塚治虫はマンガというフォーマットをつくった過去の挑戦者たちの象徴なのである。


大塚英志がいうには、手塚治虫もデビュー当時は、お前の描いているやつはマンガじゃない、とか悪口をいわれたし、手塚自身でもいままでのマンガじゃないものを描いているんだと宣言しながら、新しいマンガの文法をつくっていった。なのにその後継者のコミック業界のひとたちが、電子書籍時代がやってきたというのに、新しいマンガの表現方法を開拓しようなんてせずに従来のマンガを守ることばかり考えている。それはおかしいんじゃないの?手塚治虫だったら、電子書籍にあった新しいマンガの文法を編み出そうと努力したんじゃないのと、そう「手塚治虫が生きていたら電子コミックをどう描いていただろう」というタイトルで大塚英志は問いかけているのだ。

はてなポイント3万を使い切るまで死なない日記 (via sihuto)

(via konishiroku)

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